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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)5265号 判決

原告(反訴被告) 川口千里

右訴訟代理人弁護士 石川博臣

右訴訟復代理人弁護士 畑中耕造

被告(反訴原告) 今宮浦子こと 今宮ウラ

右訴訟代理人弁護士 牧野芳夫

主文

一  原告(反訴被告)の賃借権存在確認請求を棄却する。

二  被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し二四万四、五五五円およびこれに対する昭和四四年六月二七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

三  原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

四  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し別紙物件目録記載の建物部分(但し、裏側廊下および裏側非常口階段を除く。)を明渡し、且昭和四四年四月一日以降右建物部分明渡済に至るまで一ヶ月一万八、〇〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

五  訴訟費用は本訴反訴を通じて五分し、その四を原告(反訴被告)、その一を被告(反訴原告)の負担とする。

六  この判決の第二項は無担保で、第四項は被告(反訴原告)が五〇万円の担保を供するときはそれぞれ仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告(反訴被告)

(一)  本訴について。

原告が別紙物件目録記載の建物部分について昭和四〇年五月四日締結の賃貸借契約に基づく賃借権を有することを確認する。

被告は原告に対し六五万七、八二〇円およびこれに対する昭和四四年六月二七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

旨の判決および第二、三項につき仮執行の宣言。

(二)  反訴について。

反訴原告の請求を棄却する。

訴訟費用は反訴原告の負担とする。

旨の判決。

二  被告(反訴原告)

(一)  本訴について。

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

旨の判決。

(二)  反訴について。

反訴被告は反訴原告に対し別紙物件目録記載の建物部分(但し、裏側廊下および裏側非常口階段を除く。)を明渡し、且つ昭和四四年四月一日以降右建物部分明渡済に至るまで一ヶ月一万八、〇〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は反訴被告の負担とする。

旨の判決ならびに仮執行の宣言。

第二主張

一  本訴について

(一)  原告(請求原因)

1(1) 原告は昭和四〇年五月四日被告との間で別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)を飲食店営業の店舗として使用する目的で、賃料は一ヶ月一万八、〇〇〇円、毎月二八日限り翌月分を持参支払うこと、期間三年、敷金五〇万円、礼金五〇万円の約で賃借する旨の賃貸借契約を締結し、同日頃本件建物部分の引渡を受け、バー「潤」の屋号で飲食店を開業し、被告に対し約定の敷金、礼金の支払も了した。

(2) 本件賃貸借契約は昭和四三年五月三日の経過とともに借家法第二条第一項の規定に基づき更新され、爾後期間の定めのないものとなった。

(3) 被告は本件賃貸借契約が終了したとして、原告の賃借権を争っているので、原告が賃借権を有することの確認を求める。

2(1) 被告は昭和四四年四月二一日原告に無断で本件建物部分に侵入し、

(イ) 本件建物部分表側扉を破目板で固定して出入不能にしたほか、同扉の施錠を損壊し、

(ロ) 裏側非常口くぐり戸を釘打して開閉を不能にし、

(ハ) 裏側廊下から非常口階段に通ずる部分にバリケードを設置して、通行を妨害し、

(ニ) 裏側非常口階段を下り切った部分にバリケードを設置して、外部との出入を遮断し、

(ホ) 本件建物部分内の室内電気配線およびガス管を切断し、

(ヘ) 配電盤を操作して送電を中止させ、

(ト) 本件建物部分内の天井、床、階段、柱等を損傷し、

(チ) 原告が本件建物部分内に設置した付帯設備、什器備品を多数破壊し、あるいは什器備品を原告方住所に運び込んだ。

(2) 原告は被告の右不法行為によって左記の損害を蒙った。

(イ) 物質的損害 四五万七、八二〇円

別紙損害一覧表のとおり。

(ロ) 精神的損害 二〇万円

原告は本件不法行為当時妊娠七ヶ月であり、右行為により心痛の余り一時ヒステリー状態に陥った程であった。これらの精神的苦痛を金銭で見積ると二〇万円を下ることはない。

(3) よって原告は被告に対し損害賠償六五万七、八二〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和四四年六月二七日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  被告(請求原因に対する認否および抗弁)

1 請求原因1(1)の事実は契約の締結および本件建物部分引渡の各日を除き認める。本件賃貸借契約は昭和四〇年七月五日に始期を同月一日と定めて締結したものであり、被告は同月五日本件建物部分を原告に引渡し、原告は同月一二日に開業したのである。

同1(2)の事実は否認する。

同1(3)の事実は争う。

2 請求原因2の事実中(1)(ホ)の電気配線切断の事実、(ヘ)の事実および(チ)の什器備品を原告方住居に運び込んだ事実は認めるが、その余の事実は否認する。

請求原因2(1)(イ)は事実に反する。被告は本件建物部分表側扉をベニヤ板で囲っただけである。

同(ロ)も事実に反する。そもそも裏側非常口の所は階段が朽廃しているので使用しておらず、仮に被告が原告主張のような所為に出たとしても、原告の本件建物部分の使用に支障がなかった。

同(ハ)も事実に反する。裏口非常口階段は朽廃して昇降が危険なためなんびとも使用していなかった所であって、仮に被告が原告主張のような所為に出たとしても、原告の本件建物部分に支障がなかった。

同(ニ)のバリケードは前記のとおり非常口階段が危険なため以前から事故防止の目的で設置していたものである。

同(ヘ)の送電中止後直ちに配電した。

3 (抗弁)

(1) 本件賃貸借契約においては、当初約定した三ヶ年の期間が満了したときはこれを更新しない旨の特約があった。

(2) 仮に右主張が認められないとしても、本件建物を含む別紙目録記載の店舗床面積一階一三坪七合五勺二階一〇坪(以下「本件建物」という。)は戦前に建築されたもので、耐用年数を遙かに越え、三方を高層ビルに囲まれているため土台、屋根、階段、便所その他に亘り腐朽著しく、現状のままでは何時災害が起るか予測できない状態であって、根本的な大修繕を必要とするので、被告は昭和四二年一一月二八日原告に対し本件賃貸借契約の更新を拒絶する旨通知した。右通知は叙上のとおり正当の事由を備えたものであるから本件賃貸借契約は昭和四三年六月三〇日期間満了によって終了した。

(三)  原告(抗弁に対する認否)

抗弁事実は否認する。

二  反訴について。

(一)  反訴原告(反訴請求原因)

反訴原告は昭和四〇年七月五日に本件建物部分を反訴被告に賃貸した。賃貸借の内容は始期を同年七月一日と定めたとの点のほかは反訴被告が本訴請求原因1(1)で主張するとおりである。右賃貸借契約は昭和四三年六月三〇日期間満了によって終了した。

よって反訴原告は反訴被告に対し本件建物部分(但し、裏側廊下および裏側非常口階段を除く。)の明渡ならびに昭和四四年四月一日以降右建物明渡済に至るまで一ヶ月一万八、〇〇〇円の割合による賃料相当額の損害金の支払を求める。

(二)  反訴被告(反訴請求原因に対する認否および抗弁)

1 反訴請求原因事実中反訴被告が反訴原告から本件建物部分を賃借したこと、その賃貸借の内容が始期の点を除き反訴原告主張のとおりであること、本件建物部分の賃料相当額が一ヶ月一万八、〇〇〇円であることは認めるが、その余の事実は否認する。本件賃貸借契約は昭和四〇年五月四日に締結したものである。

2 (抗弁)

本件賃貸借契約は昭和四二年五月三日の経過とともに借家法第二条第一項の規定に基づき更新され、爾後期間の定めのないものとなった。

(三)  反訴原告(抗弁に対する認否および再抗弁)

1 抗弁事実は否認する。

2 (再抗弁)

本件賃貸借契約が反訴原告の更新拒絶の通知により昭和四三年六月三〇日終了したこと本訴において主張したとおりである。

(四)  反訴被告(再抗弁に対する認否)

再抗弁事実は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

第一  本訴について

一  賃貸借の成立

原告が被告との間で本件建物部分を飲食店営業の店舗として使用する目的で賃料は一月一万八、〇〇〇円、毎月二八日限り翌月分を持参支払うこと、期間三年、礼金、敷金各五〇万円の約で賃借する旨の賃貸借契約を締結し、本件建物部分の引渡を受け、バー「潤」の屋号で飲食店を開業し、被告に対し右敷金、礼金の支払を了したことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、原告と被告は昭和四〇年五月四日本件建物部分の賃貸借に関し、賃料、期間、敷金、礼金の各金額等契約の大綱を話合い、原告は被告に敷金五〇万円を支払ったが、その際、原、被告は、被告がその負担で本件建物部分の床面、流し、階段等の修理、一部塗装を施工し、右修繕が完了したとき礼金の授受を行うとともに、賃貸借契約公正証書をもって前記期間の始期を確定することを約定したので、同年六月末前記修繕完了の上、礼金の授受を行い、同年七月五日賃貸借の始期を同年七月一日と定めた公正証書の作成を嘱託し、同年七月五日被告から原告に本件建物部分の引渡がなされたことを認めることができ、原告本人の供述中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によれば、本件賃貸借契約は昭和四〇年七月五日始期を同月一日と定めて成立したものとみるのが相当であり、したがって昭和四三年六月三〇日の経過とともに期間満了となるものとすべきである。

二  不更新の特約の有無

被告は、本件賃貸借契約においては期間が満了したときは契約を更新しない旨の特約があったと主張するが、被告本人の供述中右主張に添うような部分は原告本人尋問の結果に照らし信用できず、他に右主張を認めうる証拠はない。

三  更新拒絶による契約の終了について

被告本人尋問の結果によれば、被告は昭和四二年一一月末頃原告から賃料を受領した際口頭で原告に対し本件賃貸借契約の期間が満了したときこれを更新しない旨を通知したことを認めることができ右認定を左右するに足る証拠はない。

そこで、右更新拒絶が正当の事由を備えていたかどうかについて判断する。

≪証拠省略≫を総合すれば、被告は本件建物一階の一部を住居とし、二階の一室で洋裁業を営み、一、二階のその余の部分を合計四室(本件建物部分を含む。)に区切って、これらを主として飲食店営業の店舗として他に賃貸し、その賃料収入を生活の資としているものであるが、本件建物は戦前の建築に係り、西側は道路に面するが東南北の三方はいずれも高層建物に囲まれ通風日照がきわめて不充分であって、土台、屋根その地主要部材に腐蝕、歪みを生じており、これがため降雨の際には一、二階に亘って雨漏を生じ店舗としても住宅としてもとうてい快適で効率的な建物とはいえず、昭和四二年一一月当時大規模な修繕あるいは改築を要する状態に達しており(昭和四六年一一月一七日東京都中野区長は被告に対し「老朽建築物に対する勧告」と題し、このままの状態で使用するのは危険であるとおもわれるので、大規模の修繕、改築等の措置をとるよう勧告した。右勧告にある本件建物の状況は、四年前の昭和四二年一一月頃においても、大差がなかったものと認められる)被告としては既に本件賃貸借契約締結当時改築を志しており、昭和四三年七月期間の満了した訴外工藤進に対する賃貸部分(二階表通りに面する部分)も同人退去後は臨時に第三者の選挙事務所として貸与したことがあったにすぎない状況であり、本件賃貸借契約の更新を拒絶したのも本件建物改築の念願を果す一助とするためであったことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

一方、≪証拠省略≫によれば、原告は昭和四二年一一月末当時は夫凱爾と結婚する前であって(事実上の婚姻の日は昭和四三年一〇月、婚姻届出の日は昭和四四年二月)、本件建物部分におけるバー営業がその唯一の収入源であったことを認めることができる。

以上の認定事実に基づいて考えるに、原告が本件建物部分を使用する必要性を有していたことは一応肯定することができるが、原告が他に賃借形式によるバー営業用店舗を入手することがそれほど困難であったとは考えられない当時の店舗需給事情のもとにおいては、原告がその資力をもってしては他に店舗を求めることが無理であるためなんとしても、本件建物部分の賃貸借関係を維持しなければならなかった等特別の事情が認められない限り、原告の本件建物部分使用の必要性を余り大きく評価することは適当でない。そして本件建物を改築するために原告との間の賃貸借契約を期間満了とともに終了させ、本件建物改築等の企画を一歩押進めようとする被告の意向は、本件建物の前認定のような状態に鑑みると、もっともなものとして是認することができ、そのために原告をして本件建物部分の使用を断念させることもまことにやむをえないところであるというべく、被告がなした更新拒絶は正当の事由を備えたものということができる。もっとも、被告本人尋問の結果によれば、昭和四二年一一月末当時被告と第三者間との間の本件建物一階の各一部(「越路」および「ミネ」の店舗)の賃貸借契約が維持されていたことが認められるが、そうであるからといって、被告に本件建物改築の意向がなかったと認定しなければならないものではなく、また、当該事実が原告に対する更新拒絶の正当事由を阻却すると考えなければならないものでもない。

されば、本件賃貸借契約は昭和四三年六月三〇日の経過とともに期間満了により終了し、これにより原告の本件建物部分の賃借権は消滅し、原告は被告に対し本件建物部分の明渡義務を負うに至ったものとすべきである。

四  被告の不法行為

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができる。

被告は昭和四三年六月三〇日本件賃貸借契約の期間満了後、原告から新宿のビルに移転するまでの間本件建物部分の明渡を猶予して貰いたいと要請されたので、同年末までその明渡を猶予したが、原告が猶予期限を徒過し、誠意あるものと受取れなかったのに業を煮し、昭和四四年四月二一日早朝訴外人数名とともに本件建物部分に無断で侵入し、

(イ)  本件建物部分表側扉の内部からベニヤ板を打ち付け、且つ施錠を破損して、出入を不能にし

(ロ)  裏側非常口に至るくぐり戸を釘打にして、開閉を不能にし

(ハ)  裏側廊下から非常口階段上端に通ずる途中にベニヤ板のバリケードを設置して、通行を妨害し

(ニ)  裏側非常口階段を下り切った部分にバリケードを設置し、更にその先の路地への出口付近にもバリケードを設置し、出入を困難にし、

(ホ)  本件建物部分北側の壁面の照明器具に通ずる電気配線、東側壁面のステレオ用スピーカーに通ずる電気配線およびガスのゴムホース管の根元をそれぞれ切断し(被告が室内電気配線を切断したことは当事者間に争いがない。)

(ヘ)  配電盤を操作して送電を中止させ(この事実は当事者間に争いがない。)

(ト)  本件建物部分の天井三個所を損壊し

(チ)  原告が本件建物部分に設置した消火器を転倒させ、消火液を流出させ、更に多数の什器備品をダンボール箱に積めて、原告方住所に運び込んだ(被告が什器備品を原告方住所に運び込んだことは当事者間に争いがない。)

このように認めることができ、被告本人の供述中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によれば、被告は自力をもって本件建物部分明渡請求権の実現を違法に遂行しようとして、右認定の行為に出たものと認められ、これにより原告の本件建物部分および什器備品に対する占有権、付帯設備(消火液)の所有権ならびに営業権を侵害したものであるから、たとえ原告が本件建物部分の賃借権を喪失し、被告に対する明渡義務を負担していた者であったとして、なお不法行為責任を免れない。

五  損害≪省略≫

六  以上によれば原告の本訴請求中賃借権の存在確認を求める請求は理由がない。損害賠償請求は合計二四万四、五五五円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四四年六月二七日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲において理由があり、その余は失当とすべきである。

第二  反訴について

本件建物部分の賃貸借契約が昭和四三年六月三〇日限り終了し、原告が被告に対し本件建物部分の明渡義務を負うに至ったことは前述のとおりである。そして、原告が右義務を履行しない以上被告に対しこれにより生じた損害として一ヶ月一万八、〇〇〇円の割合による賃料相当額(右額が相当賃料額であることは当事者間に争いがない。)の賠償義務あることは明らかである。したがって、被告の反訴請求は理由がある。

第三  よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蕪山厳)

〈以下省略〉

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